ネガな孤独感
最近、インターネットでは、社会人としての実名部分でいろんな人との関係性が高まってしまったから、こういう純粋なネタを非常に書きにくくなっちゃったけど、書いとく。純粋にネットとしてみたら自分がイタイことが書けないネットってつまらないし。こうやってパーマリンクで一生恥さらして生きるのかなぁ。
でも、ちょびっとメインblogからはずして書くところがいやらしいとは自分でも思います。
多分、小学校も中学も高校も大学も最初の会社も、次の会社も今の会社も今後の生き方も、僕が作り出す人間関係って同じなんだなーって思って、何より老後の人間関係が怖いです。
こう思った原因は、最近、すっかり会社で飲みに誘われなくなってしまったこと。
多分、僕が断っていて、こいつ付き合い悪いなーって思われてるのが原因だと思う。確かに心当たりはある(w
だから、向こうも、きっと誘いにくいだけなんだと思う。僕を引っ張り出す方法がわからない、とかそんなノリではないかと。
でも、IT系ってメッセとかでやりとりして見えないところで話がついてるから、僕は僕で、こっちから飲み会に乗り込むきっかけがないじゃないですか。
もしウザがられてたらやだなーって思っちゃうタイプだし。
でも他の人が飲みに行くのってわかるんだよね。全然、僕が気がつかないなら別に良いんだけど。
こういうの一度、タイミングを失うと結構キツイね。あ、でも、正確にはそこでプライドの高さとか意地っ張りとかあってダメなんだと思う。
こういうのって前の会社でも思ってたんだけど、段々、ネガティブにハブられてる感みたいな感情が大きくなってきて。嫌われてるのかなーとか思っちゃったり。
でも、高校時代も大学時代も今までも別にそういうことはなかったから、それはたぶん、被害妄想なんだろうなぁというのは、これもまた人生の経験から。
だから、
全部自分が悪いのはわかってる。
今まで思いっきり人に嫌われたのは、僕が確実に認知している中では大きいのは2回ぐらいかな。多分、僕の発言が原因で、相性があわない人ってのがいるんだなぁって知ることになって、僕って子供のころから学習能力が高すぎるので(w、それ以来、人に自分100%でぶつかってはいけないって学んでしまったらしい。
社会人としての僕は、その弱点をフォローしてチャレンジするテクニックをある程度、持っていると思う。すくなくとも自分の弱点を知っていて、がんばらなければって思ってる。
ただアフターファイブは違うよね。そこは素の自分だから。
そういえば、大学の頃、まったく同じことをパソコン通信でチャットしてた人に、そんなことを言ったら、「僕も混ぜて」って一言言うと良いねってアドバイスをもらったのを思い出した。
それって、なんか救われたような気がする。多分、実際それをやってうまくいった記憶がある。
あの頃より、自分はオッサンになって強くなって、別に家に帰れば奥さんいるしいいや、とかになってしまってるので、なかなか言いだす機会も、学生時代に比べて切迫感もないんだけど、一応、イザと言うときには、そういう武器があるから、それを言えばいいんだよってのは僕の中で持っていてバランスが保てていたりする。
しかし、人間の性格って変わらないもんですね。大人になると変わるのかなって思っても、高校の頃と思考パターンが変わらないんじゃねー。そりゃ、今だに尾崎で15の夜を歌うわけですよ。
尾崎の歌って、完全にさみしがり屋さんの歌だもんね。
前の前の会社で同年齢の先輩という微妙な関係で、結婚式の二次会をやってくれたYさんが好きだったのは、彼もさみしがり屋で、彼の場合はアクの強い人で、本当に職場で苦手に思われて特定の人たちに誘われにくい人だったんだけど、彼自身は、その寂しさを知ってるから、絶対に誘ってくれるんだよね。
だから、彼自身も嫌われてるってわかってても、ちゃんとみんなを呼ぶの。
人を選別するようなことは絶対しないって、車の中で聞かされたことがある。
懐かしいな。また飲みたいな。
Comments
あはは。同感。
ひねてる人って、だいたいさみしがり屋さんですね。
> 人を選別するようなことは絶対しない
強い人だなあ。なかなかできないですよね。